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人類と建築の歴史
人類と建築の歴史
人類と建築の歴史

を読む。

石器時代から現代までの人類の生活と信仰の変化が建築にどのように影響して変化してきたのかが平易な文で書かれる。

全6章だがそのうち4章までで古墳時代まで。近代建築に関しては十数ページしかない。
石器時代から現代までだが大部分は石器時代のはなし。
建築の話だが人間が何を信仰しすまいを作ってきたかが人間ありきで書かれる、人間が考えつくったのだから当然だが大切なことを踏まえて書かれる。多少強引な部分もあるが目からうろこな部分もあり楽しく読めた。

以下自分用覚書

人類は打製石器をつかい狩りをする生活から、しだいに磨製石器をつかい、木を切り家をつくるような生活に変化した。
農業を、生命を育むことができるからこそ自然の中で生まれてくるものに敏感であった女性がおそらく発明し、一箇所に定住するようになった。住まいもしだいに広い面積を必要とするようになり、小さい円形から四角形に変形していった。筆者は平面が広がると同時に屋根を架けるために柱梁が出現し小屋組みが出現し四角へ発展していったという。

人が一箇所に定住することにより

人は1つの家で生まれ死ぬことがかのうになった


という。
このことによって人は懐かしいという感情をてにいれたという
狩から帰ってきて

家がかわっていなかったからこそ懐かしいという気持ちが湧いてきたのだった。(中略)不思議な感情で、人間にしかない


一箇所に定住することで集落ができるそのころから家は感情的安心感を担保するもととして機能し始めたんじゃないかと思う。

その頃の建築はまだ内部空間しか持ち合わせていなかったと。外観は意識されなかったという意味だろう。
そのころは信仰といえば大地の動植物の恵みに感謝し人間の多産と安産を祈る地母信仰が発達していたが、農業を始めると信仰の対象は太陽へと移っていった。とはいっても地母信仰が無くなったわけではなく地母信仰の上に太陽信仰がかさなって発展していったらしい。
それによって死者の魂を太陽に近づけるための発射台としてスタンディングストーンが発達した。
スタンディングストーンという神の存在を表現する装置によって建築は外観を獲得していった。


地母信仰の上に太陽信仰が重なって発展していったのは日本も同様だが日本だけが21世紀まで独自の進行の形を引き継いでいる。沖縄のうたき。諏訪大社のように建物が何も無いのが神社の原型だがその後は伊勢神宮や出雲大社には本殿があるが、なぜか?筆者はそれを真御柱や磐根柱のカバーだという。カバーを採ってみれば何も無いところにスタンディングストーンがたっている光景と重なるのだという。
このように日本では今でも微妙に変化しながら1万年前の信仰の形が生きている。

ヨーロッパではその後古い信仰を捨て仏教キリスト教イスラム教のような新しい信仰に切り替わっていった、その頃には地域による建物の共通項は見つけにくくなっていtった。ところが大航海時代には様々な技術の発明と共にヨーロッパの文化を急速に全世界に広めていったさらに産業革命の時代には建築の多様性はヨーロッパの歴史主義建築によって無くなっていく、青銅器時代までが1っ歩目、四大文明までが2歩目、3歩目が四大宗教時代、4歩目が大航海時代、5歩目が産業革命以降、そして6歩目が20世紀モダニズムの時代以降だとすると、6歩目からはルネサンス以降発展してきた歴史主義建築がパタリと途絶える。

アールヌーボーを皮切りに、ヨーロッパを中心にアメリカと日本を含め始まった新しいデザインの様々な試みは、およそ30年してひとつのところへ収束する。〜中略〜バウハウスである。


青銅器時代の四大文明に始まり二千年近く続いた多彩な建築の歩みはその歴史と文化を完全に否定されて終わった。


またバウハウスの背後にあるのはヨーロッパではなく数学と幾何学だけであると筆者は言う。

人類と建築の歴史は1つから始まり(地母信仰、太陽信仰)そして多様になり、また1つに(モダニズム)収束した。また多様に広がるのだろうか、今度は多様に膨らむのでは無く、多様に何本にも分裂していきそうな気がしなくも無い。
| book | 11:14 | comments(0) | trackbacks(2) |
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バウハウスについて
バウハウスバウハウス(Bauhaus)は、1919年、ドイツヴァイマル(ワイマール)の地に設立された美術(工芸・写真・デザイン等を含む)と建築に関する総合的な学校である。また、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともある。「バウハウス」はドイツ語で
| デザインマガジン 創刊号 | 2007/04/04 2:02 AM |
770_上天温泉
昭和2(1927)年開業。設計者の大中肇(750_亀城(きじょう)小学校旧本館 参照)が、夜遅く下駄を鳴らして入りに来た銭湯。現在は使われていない。刈谷市.2007.05
| 路上観察学入門「気づきの散歩術」 | 2007/07/07 7:09 PM |